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2010年3月

2010年3月28日 (日)

生保アクチュアリーの使うギリシャ文字

以前のエントリで、xは「年齢x歳」を、nは「期間n年」を表すということをちょっと述べた。ギリシャ文字に関しても標準的な使われ方があるので、ちょっと記してみたい。

α・β・γ

生命保険の保険料は、純保険料と付加保険料に分かれる。このうち付加保険料は、対応する費用を新契約費・集金費・維持費の3つに分けて、それぞれα・β・γというギリシャ文字で表すのが通例である。

…と書くと、いくつかの会社の方からは異論が出るだろう。このα-β-γ方式は、アクチュアリー試験の生保数理の教科書である、二見隆氏の「生命保険数学」の下巻にも載っているが、実はこれは会社によって違う。

αが新契約費を表すのは共通しているが、維持費がβ・集金費がγの会社もある。

維持費は通常、保険料を払い込んでいる間と保険料の払込が終わった後とでは水準が異なり、後者には′(ダッシュ)を付ける。

なので、維持費がβの会社はβ′、維持費がγの会社はγ′という記号が現れる。日常的にγ′を使っている会社にとっては、β′という記号はどうにも耳慣れないものだ。

δ・ζ

δとζも、保険料の計算に使われる。δは保険料比例の新契約費(上記のαは一般に保険金比例)である。ζはβ(会社によってはγ)と同じく集金費の一種で、割増要素に使われる。年払いは年に1回だけしか集金の手間がないが、月払いだと12倍の手間がかかる。その分だけコストが発生しているでしょう、というのがζだ。

λ・μ

λとμは、配当の種類として現れる。死差・費差・利差の3利源配当に加えて、第4・第5の配当があるということだ。どちらも昭和40年代に、長く継続している契約に対して出ていた「特別配当」だ。λ配当は大体10年以上継続している契約に対して毎年払われ、μ配当は満期などで契約が消滅するときに払われた。λ配当を支払っている会社はもうないだろうが、μ配当を支払っている会社はまだあると思う。

ρ・σ

ρは相関係数、σは標準偏差…って、単なる統計学。

こんなところだろうか。これ以上はあまり標準化されていない気がする。ちなみに、私の周りではζを「ツェータ」と読む人が割に多くいるような気がするのだが、これは方言だろうか?

2010年3月22日 (月)

更新:保険関係法規集

保険関係法規集<http://www.nn.em-net.ne.jp/~s-iwk/>を更新しました。

次の法律・政令・府令を追加しました。

このほか、若干のリンクの修正など。

なお、私はしがないアクチュアリーであって、弁護士ではありません。従って法解釈であったり、法令に基づく実務取り扱いの詳細といったことにはお答えできませんので、念のため。

2010年3月20日 (土)

アクチュアリー採用(する側の気持ち)-独断と偏見

[2010.3.21 質問追加]

(アクチュアリーの就活・転活については@actuary_mathさんのブログエントリも参考にして下さい。)

アクチュアリーとしての就活をする方々にとっては、「いったい会社は何を見ているのか?」ということがすごく気になっていると思う。そこで、自分の経験をもとに、アクチュアリー採用に特徴的ないくつかの点をQ&A形式でコメントする。

※当然ながら、これは自分の経験にもとづくものなので、あまり一般化しすぎないように。会社や面接官によって全然違うことがある。

Q. [追記]そもそもアクチュアリー採用って、何が違う?

A. 基本的に普通の採用と同じ。数学の試験を追加でするぐらい。数学の試験→(アクチュアリーによる)面接→(人事部による)面接、というのが一般的か。さらに(どのステップかはまちまちだが)SPIをやるところもある。

Q. アクチュアリー採用者向けに行う数学の試験は、何点ぐらい取れればいいか?

A. 会社によって違うだろうが、あらかじめ足切りを決めておくことはないと思う。不思議なもので、点数分布を作るとだいたい高い集団と低い集団の二つの山ができる。点の低い集団はその時点でアクチュアリーには向いていないと判断してさようなら。ボーダーラインの人間を切り捨てることは基本的になく、幅広めに面接する。

Q. そうは言っても、試験が難しすぎて全然自信がないのだが…

A. あまり気に病む必要なし。当然ながら採用時の数学の問題は、社内の人間が作る。問題作成者は過去に数学の試験を同じように受け、そこそこの点数を取った人間なので、彼/彼女らが自分を基準に難易度を設定する限り、問題は毎年難しくなっていく。

Q. [追記]面接では何を聞く?

A. 普通に「志望動機」「この会社を志望する理由」「アクチュアリーを志望する理由」「学生時代に打ち込んだこと」「自己PRをして下さい」「あなたの長所・短所」などなど。私は「大学で専攻している内容をシロウトにも分かるように説明して下さい」という質問をよくしていた。アクチュアリーになってからも非アクチュアリーに対して話をすることの方が多いため、非専門者への説明能力というのを個人的に重視していたから。

Q. 学部卒と院卒で差があるか?

A. こちらが意識しているつもりはないが、結果として差はある。私の知る限り、一般に院卒のほうが数学試験の点数もいいし、面接でも高評価が多い(ただし有意差があるかどうかは調べたことがない)。たぶん勉強してきた時間の長さと年の功だと思うが、学部か院かよりも個人の能力のバラツキのほうがよほど大きい。つまりダメな院卒もいくらでもいるし、優秀な学部卒もいくらでもいる。

ちなみにコレは、理系の大学院の話。文系の大学院卒は見たことがないが、金融工学専攻とかだったら下手な理系よりも数学できるだろうから問題ない気がする。

Q. じゃあ、学部で卒業するより院に行ったほうがいいか?

A. 個人的には就活をベースに考えて院に行くかどうかを決めるのはどうかと思うが、今の大学院事情を知らないので何とも言えない。ガッコウの先輩に聞いた方がいい。

Q. 東京の大学と地方の大学で差はあるか?

A. ない。ただ、東京のほうが情報が入りやすい・会社が多いせいか、東京の大学の学生のほうが面接慣れしている感を受ける。慣れていることが一概に有利とは言えないので、気にしても意味がない。

Q. 旧帝大じゃないのだが。

A. ほぼ無関係。優秀だと感じる度合いと学歴は何となく正の相関があるようには思うが(これまた有意差未検証)、東大出ていても絶対採りたくないと思う人間もいる。大学と大学院でガッコウが変わっているケースも多いので、最近はますます意味がない。

Q. 私はアクチュアリー試験をすでに何科目か合格しているので、数学の試験を免除してほしいのだが。

A. アクチュアリー試験をだまって受けたのなら、数学の試験もだまって受けなさい。

Q. 他社の面接の進捗状況の話をするのはどう評価されるか?

A. 私なら評価には直接結びつけない。他社から引っ張りだこでも採用したいと思わない人はいるし、逆もしかり。

Q. 面接時に聞いてはいけないことはあるか?

A. ないといえばないが、心証の悪い質問というのはある。例えば次のようなの。

  1. 「アクチュアリー試験の勉強をする時間はどれくらいありますか?」「アクチュアリー会の講座に出席できますか?」「試験前は休暇を取らせてもらえますか?」
    …一つ二つならいいが、延々とこういう質問ばかりされると、「こいつは何をするために入社するつもりなのか?」と思ってしまう。
  2. 「アクチュアリー採用で入社すると、アクチュアリー以外の仕事はしなくてもいいですか?」
    …こういう質問は、私なら「ああ、専門バカを目指してるのね、あなたは」と受け止める。アクチュアリー採用で入った人間が営業をやらされることはあまりないが、営業部門の人間と話をすることはいくらでもある。話をする ためには相手がどういう仕事をしているかに踏み込んで理解しているほうがいいことは言うまでもない。

Q. ぶっちゃけ、面接では何を基準にするか?

A. 自分の部下にする気になるかどうか。

案外意識されないかもしれないが、一般の新人と比べて、アクチュアリーの新人が配置される部署はそれほど多くない。そして、自分もアクチュアリーである以上、いつかはそういう「アクチュアリーの新人が配置される部署」に異動し、上下関係になる可能性が高い。このため、目の前で面接を受けている人物が自分の部下になることを現実問題として捉えざるを得ないのだ。

Q. アクチュアリー採用、どうやら落とされたらしい。一般採用も諦めたほうがいいか?

A. アクチュアリー採用と一般採用は別物と考えた方がいい。実際、「優秀だがアクチュアリー向きではない」という理由で落とすこともある。

Q. アクチュアリー採用で内々定もらった。何かしておくべきことは?

A. 他の会社にちゃんと断りの連絡を入れること。アクチュアリーは横のつながりがあるので、後足で砂をかけるような真似をすると、数カ月後にその人とアクチュアリー会の会議室でバッタリ…ということがマジにある。

Q. [追記]アクチュアリー採用で入って、アクチュアリーになれなかったら?

A. それを理由にクビになることはないだろうが、かなり肩身の狭い思いをすることは覚悟したほうがいい。「営業志望で入社して、営業成績が全然上げられなくても大丈夫ですか?」と質問することの愚かさは理解してもらえると思う。アクチュアリー採用で入っているということは、他の分野で活躍できるかどうかの適性は判断されずに入社している、ということだ。アクチュアリー試験の合格科目数が昇進の条件になっているところもある。

ちなみに、面接時にこういう「後ろ向き」の質問は歓迎されないと思った方がいい。私なら低評価だ。

Q. [追記]アクチュアリー採用で入って、アクチュアリー以外に路線変更はできるか?

A. おそらくどの会社もできると思うが、ハードルは高いだろう。繰り返しになるが、アクチュアリー採用の人はアクチュアリー以外の適性を買われたわけではないのだ。

アクチュアリーを必要とする部署は多いので、路線変更を考えるとしたら、アクチュアリーになってから考えることをおすすめする。なお、上の質問で「アクチュアリーの新人が配置される部署はそれほど多くない」と書いたことと矛盾しているように思われるかもしれないが、「アクチュアリーの新人を育成する機能を持った部署が多くない」ということであって、アクチュアリーになってしまえばいろいろと活躍の場は広がる。

追加質問、大歓迎です。コメントかtwitterで何なりと。

2010年3月14日 (日)

続:「新版 生命保険入門」-保険金不払い問題

以前、「新版 生命保険入門」についてのコメントをいくつかtwitterでつぶやいたところ、著者の出口氏(@p_hal)からお誘いをいただいて、ライフネット生命にお伺いしていろいろと話をさせていただいた。

前回のエントリに少し書いたことも含めて全部で20点ほどの意見や感想を述べた。出口氏のほうが詳細な内容をご存知でそれらを踏まえて書かれており「参りました」というものもあったが、第8章の保険金不払い問題(161ページ~)については触れておかねばなるまい。

「新版 生命保険入門」に書かれている保険金不払いに関する内容は、平成20年7月3日に金融庁から公表された「生命保険会社の保険金等の支払状況に係る実態把握の結果について」に沿ったものである。これは本書にもそう書かれているし、出口氏ご本人も「そのまま書いた」と言っておられた。

しかし、ここで大きく抜けている部分がある。故意による不払いである。

行政処分事例集からは、いわゆる不払いに係る行政処分が、2005年2月の明治安田生命の業務停止命令に始まることが分かる。以下、生保に関しては次のように行政処分が続く。

  • 2005年2月 明治安田生命(業務停止命令)
  • 2005年10月 明治安田生命(業務停止命令)
  • 2006年7月 日本生命(業務改善命令)
  • 2008年7月 日本生命、第一生命、明治安田生命、住友生命、朝日生命、富国生命、三井生命、大同生命、アメリカンファミリー、アリコジャパン(業務改善命令)

さて、「新版 生命保険入門」が依っている金融庁の報告「生命保険会社の保険金等の支払状況に係る実態把握の結果について」は、2007年2月に金融庁が生保全社に求めた支払状況の報告である。それ以前に、2005年2月の明治安田生命に対する業務停止命令を受け、2005年7月にも金融庁は生保全社に不払い事案の検証を要請している。

上記の行政処分にこれらの公表を追加して、時系列的に書き直すと次のとおりだ。

  • 2005年2月 明治安田生命に業務停止命令
  • 2005年7月 金融庁が生保全社に不払い事案の検証要請(※1)
  • 2005年10月 再検証結果(※1)の公表、明治安田生命に業務停止命令
  • 2006年7月 日本生命に業務改善命令
  • 2007年2月 金融庁が生保全社に支払い状況の報告命令(※2)
  • 2008年7月 支払い状況の報告書(※2)の公表、生保10社に業務改善命令

つまり、「新版 生命保険入門」は※2の調査についてのみ記されており、※1については言及がない。そのため、同書の中での保険金不払いの3つの類型は、※1によるものが含まれていない。

※1と明治安田生命への2度目の業務停止命令が同時である以上、※1によって判明した「何か」があると考えるのが自然だろう。そして、他の生保には※2の報告タイミングも含めて業務停止命令が下されていないことを考えると、※1で判明した事象は※2より悪質なものであったと考えられる。

それが何であったか、※1の結果公表に明確に書いている。

不適切な不払の発生原因について、不払事由区分を組み合わせて分析したところ、明治安田生命と38社では、内容面でも以下のような相違があることが認められた(資料3参照)。
・明治安田生命     :     詐欺無効の不適切な適用や約款等に基づく不払事由を拡大解釈して適用するなど、意図性に基づくもの
・38社合計     :     事実関係の調査確認不十分、事務的な確認不十分によるものが中心

意図性に基づくもの、つまり「故意」である。

「新版 生命保険入門」ではここがすっ飛ばされているため、不払い事案が以下の3つに類別されている。いずれも過失に属するものである。

  1. 保険金等の支払漏れ
  2. 保険金等の請求案内漏れ
  3. 失効返戻金の案内不足等

これらに「意図的な不払い」を追加すべきである。

「意図的な不払い」は糾弾されてよい。それは違法行為だ。しかし、過失は糾弾したところでゼロにはできない。何でもかんでも一括りに「不払い」として保険会社を叩いたところで有益ではないと私は思っている。むしろ、「不払いをゼロにします」などと実現不可能なことを言い出すと、組織やシステムに歪みを生じる。それが懸念される。

追記

別に保険金不払いを批判することが的外れだというわけではない。今回の不払い問題では、保険金をきちんと支払う努力が保険会社側に不十分だったという、いわば「懈怠」に属するものが含まれる。それらへの対応が行われるようになったことは評価できる。ただ、完璧を要求してそれ以外を認めないのは危険である。鉄道会社が定時運行を絶対視して大事故を起こしてしまったように。

2010年3月 6日 (土)

更新:保険関係法規集

保険関係法規集<http://www.nn.em-net.ne.jp/~s-iwk/>を更新しました。

2010年4月1日施行の次の法令改正を織り込みました。

  • 資金決済に関する法律(平成21年法律第59号)による保険業法の改正
  • 資金決済に関する法律施行令(平成22年政令第19号)による保険業法施行令の改正
  • 資金決済に関する法律の施行に伴う金融庁関係内閣府令の整備等に関する内閣府令(平成22年内閣府令第7号)による保険業法施行規則の改正
  • 平成22年金融庁告示第24号による、保険業法第106条第7項等の規定に基づき、従属業務を営む会社が主として保険会社若しくは保険持株会社又はそれらの子会社のために従属業務を営んでいるかどうかの基準を定める件(平成14年金融庁告示第38号)の改正

以上はすべて「資金決済に関する法律」(資金決済法)に関連した改正ですが、この資金決済法とは、それまで銀行にしか認められていなかった送金業務を、上限付きで他の業態にも開放するものです。プリペイドカード等の取扱いを定めた「前払式証票の規制等に関する法律」(平成元年法律第92号)はこの資金決済法に統合されます。

これで、2010年4月1日の保険関係法令の改正は、

  • 保険法(平成20年法律第56号)
  • 金融商品取引法等の一部を改正する法律(平成21年法律第58号)による金融ADR制度の導入
  • 資金決済法

と、大規模なものが三つも施行されることになりました。

なお、私はしがないアクチュアリーであって、弁護士ではありません。従って法解釈であったり、法令に基づく実務取り扱いの詳細といったことにはお答えできませんので、念のため。

「新版 生命保険入門」-生保関係者必読の書

やっとこの本の書評をちゃんと書ける。twitterだけで十分と思っていた私がブログを作ったのも、この書評を書くためと言っていい。

生命保険についてきちんと勉強しようと思ったとき、適当な入門書は意外に少ない。書店に行っても、生命保険関係の本といえば、どこぞのFPが書いた「保険はいますぐ解約しなさい!」みたいな本か、「保険論」とかいった箱入りハードカバーの本しか見つからない(しかも発行年がかなり古かったりする)。

簡単に入手できて包括的な生命保険の入門書、というと、この本をおいて他にはないと言っていいだろう。

著者の出口治明氏は日本生命の出身で、現在、ライフネット生命保険の社長である。日本生命時代にはMOF担、つまり大蔵省との折衝担当をしていた。金融機関で監督官庁との折衝に失敗することは時として会社の死活問題になるので、たいていは優秀な者がその任につく。そして、昔(少なくとも90年代前半ぐらいまで)は、日本生命は業界を牽引するリーダーだった(古い言い方だが「級長」的役割とでも言おうか)。そこでのMOF担はまさしく業界全体を見渡す役だったのである。

そのように既存生保の良い点・悪い点を知り尽くした出口氏が、その知識を惜しみなく注ぎ込んだ書である。生命保険会社に勤める者、生命保険会社に内定した者にとって必読の書といえる。

なお、生命保険会社の特に総合職は、入社してすぐに「生命保険講座」なる試験を受けると思う。このテキストも、生命保険に関わる幅広い知識を得るという意味では良書である。ただ、業界以外の人間が入手するのは難しいし、昔受けた人間が再度最新版を入手するのも難しい。何より「教科書」なのでつまらない。その意味で、生命保険講座を受験済みの方にも本書はお薦めできる。

実は私自身は、この本は入門書として読むには難しいのではないかと思っていた。しかし保険の知識のまったくない後輩にこの本を貸したら、他にいくつか示した関係書には目もくれずに読みふけっているのを見て、お薦めの書であることを確信した。

なお、生保に勤めている人は、出口氏がライフネット生命という生命保険会社の社長であることから、「単なる自社の宣伝本ではないか」と思われるかもしれない。しかしそうではないことは、上述の私の後輩の反応から分かる。そして、本書の中での(既存)生命保険会社に対する批判がライフネット生命に当てはまらないとしたら、それは出口氏が既存生保の欠点を乗り越えた生保としてライフネットを作ったからなのだ。

もう一度書く。生保に勤める人は、この本を読むべきである。そして、自分の会社に当てはまる批判があるなら、反論すべきである。反論できないなら、改善すべきである。

こんなにヨイショすると、私は出口氏(かライフネット生命)のまわし者のように思われそうだが、出口氏を尊敬するものの、別に出口マンセーなどとは全然思っていない。もちろんこの「新版 生命保険入門」に関しても、異論や不正確な点を指摘したい。

本書は生命保険の歴史から語り起こす。その中の、高度成長期の生保行政のくだり(p16):

…俗に純保行政と呼ばれた大蔵省の行政指導に代表される。これはチルメル式を脱して、純保式責任準備金の積立完了を目指すものであった。しかし、後の時代から見れば問題がなかったわけではない。内部留保の充実がイコール責任準備金を手厚く積み増すことと理解されていたため、自己資本の充実という観点が抜け落ちていたのである。当時は、生命保険会社のほとんどが相互会社であったため、「相互会社には自己資本なる概念がそもそも存在しない」という奇妙な法律論が支配的で、自己資本(充実)行政は、92年の保険審議会答申を得るまで実現されることがなかったのである(剰余の90%以上は契約者配当に充当すべきと法定されていた。もっとも、株式含み益が潤沢にあり、またいわゆる護送船団行政の下で、1社も潰れないのであれば、自己資本の多寡はそもそも問題とはならなかったのかもしれない)。

これはあまりに後出しジャンケンな論である。本文記載のとおり、相互会社には契約者配当の下限規制があったため、自己資本を積み増しようがなかったのである。当時の保険業法自体も、自己資本増強が容易にできるようにはなっていなかった。そのような中で、責任準備金という負債を厚めに積むということは、ソルベンシー確保の優れた解決策だったと私は考えている。

実際、相互会社も一定水準の自己資本を持った方が契約者利益に資するという「エンティティ・キャピタル・モデル」が提唱されたのは、私の知る限り1990年代に入ってからのことである。

ただこの点について、出口氏は80年代から自己資本増強すべきということを当時の大蔵省に言っていたそうだ。運用部門・国際部門が長かった出口氏は、他の業態や諸外国を見る機会も多かっただろうから、私のような「保険村」にどっぷり漬かったアクチュアリーとはそもそも発想が違うのかもしれない。

さて、その相互会社と株式会社はどのように違うか。本書では86ページから87ページにかけて説明されている。

相互会社(形態)は、生命保険の相互扶助の精神に理念的にはより近いものがあり、資金調達や持株会社の活用等の面で(株式会社にくらべて)やや難があるものの、損益がすべて社員に帰属するため社員配当金の保険契約者への還元(株主配当を行う必要がない)という面で優れている、と一般には説明されている。しかし、この説明は、相互会社が株式会社と常に同レベルの基礎利益をあげられるという暗黙の前提に立っている。また、近年では、わが国でも無配当保険の販売が拡大しており、(逆ざや負担が重くて)配当を行わない相互会社も出現する等、そもそも社員配当金の有利性という論点自体が無意味となりつつある。

この記述に引っかかった。私の知る限り、政策判断として完全に配当を行わない、とした相互会社は存在しないし、そもそも不可能だ(上記の純保行政のところで記載のあった90%の配当の下限規制は、現在は20%に軽減されたものの、規定として存在する)。配当を停止した会社は、保険業法55条に抵触したのではないかと思われる。私自身は、現在相互会社と株式会社の販売する保険にほとんど相違が見られないことから、相互会社と株式会社の利益水準は大きく違わず、したがって相互会社の利点は成り立ちうると考えている。

ただ、次の指摘は非常に新鮮だった(p88)。

相互会社の資料を見ると、契約者=社員は「お客さま」と表記されているケースが大半であり、現実の経営サイドの意識・感覚としても、相互会社理念(=契約者が社員でオーナー)が希薄であることを窺わせる。

多くの生命保険会社の組織図は「お客さま」を一番上に記載している。お客さまが最も上位に位置づけられる、という考えを表したものだ。これを初めて見たときはとても感心した。しかし相互会社において「お客さま」扱いすることがガバナンスの意識としてどうか、と言われると、ごもっともである。

さて、ずーっと飛んで、191ページ。生命保険会社と生命保険の選び方についてのコメントの中で、生命保険会社の健全性について言及している。保険会社の健全性指標といえば、ソルベンシー・マージン比率だ。

2008年10月に破綻した大和生命は直前の決算でソルベンシー・マージン比率を555.4%と公表していた。このことから、ソルベンシー・マージン比率は信用できないという意見がない訳ではない。しかし、大和生命は直前の決算以降の四半期報告では、ソルベンシー・マージン比率を開示しなかった(数字が急落して開示できなかった)という事実を忘れるべきではない。

この部分については、二つの意味で同意しない。

一つは、少なくとも当時は、ソルベンシー・マージン比率の四半期開示は一般的ではなかった。大和生命の破綻前の四半期というと2008年6月末だが、その時点ではほぼ半数の会社がソルベンシー・マージン比率を開示していなかった。日本生命ですら開示していなかったのである(現在は、ほとんどの会社が四半期でも開示している)。

もう一つは、数字が急落して開示できなかった、という部分。これはおそらく事実ではない。大和生命の財政状態にトドメを刺したのは、2008年9月のリーマン・ショックである。従って6月末の時点では破綻が予想されるほど悪い数字ではなかったのではないかと思われる。

キリがないのでこれくらいにしておくが(あと一つ書きたいことがあるが、長くなりそうなので別エントリで)、このように批判すべき点があってなお、私はこの本を絶対に薦める。むしろ、出口氏は批判を待っているのではないか、とすら思っている。

ボールは投げられた。投げ返すのは、生保に勤めるあなた方の役割だ。


(追記)

大和生命の件について、そもそも2008年度の第1四半期報告自体がなされていなかった、との指摘をいただいた。今となっては確かめるのは困難だが、2008年6月末時点でもすでに危機的状況に陥っていた可能性はある。

2010年3月 4日 (木)

アクチュアリー記号

アクチュアリー記号、というのがある。私のアイコンみたいな記号だ。

最初にこの記号をみたときは「なんじゃこのカギカッコはー!」とかなりびっくりしたものだ。当然ながら今はふつうに使っている。

実務でも使う。日本で保険商品を作るときは金融庁の認可が必要なのだが、保険料などは「保険料及び責任準備金の算出方法書」(略して算方という)という書類に算式を記載して、その書類を認可してもらう。算方にはこんな記号がびっしり載っている。(なおこれは生保に関しての話だ。損保に関して記号が違うことは知っているが、国際的に統一された記号があるのかどうかは知らない。)

この記号、「国際アクチュアリー統一記号」というやつで、国際的に統一されている。だから海外のアクチュアリーにもこの記号で説明すれば意味は通じる。

以前、海外のアクチュアリーと話をしたとき、私のアイコンのようにaの上についている「¨」をどう読むか、と聞いてみた。"double-dot"と読む人が多かった。"dot-dot"と読む人もいた。フランス語風に"trema"と読むのを聞いたこともある。ドイツ語式の"Umlaut"はまだ聞いたことがない。

さて日本ではどう読むか。圧倒的に多いのは「えーどんどん」である。「えー」はもちろんa、「どんどん」で点を2つ打つ。ものすごくダサい読み方だが、まずこれで通じる。

ただ、一部に方言がある。「へびーえー」という読み方だ。「へびー」はheavy、「重い」という意味のheavyである。aの上に乗っている点が重そうだから、ということらしい。私の知る限りでは「へびーえー」と読むのは1社しかない。海外のアクチュアリーにこの話をすると、ウケはしたが「そんな読み方しないよ」と言われた。

なぜ、いつ頃、そんな読み方が出てきたのか?ナゾである。ご存じの方がもしいたら教えていただきたい。

話は戻って、私が初めて見たときにびっくりした「カギカッコ」は何と読むか?実は読まないのがほとんどである。「えーどんどんのえっくすえぬ」と読むことで、(少なくとも日本では)ほぼ間違いなく通じるし、アクチュアリーにこう言えば私のアイコンの記号を書いてくれるはずだ。

なぜ通じるか。それは、xは「年齢x歳」を、nは「期間n年」を表すからだ。年齢を表す変数はx, yのうちのどちらかだし、期間を表す変数はn, mのうちどちらかだ(場合によってはkやlを使うことがある)。カギカッコは期間に付ける。だから、「えぬ」とか「えむ」と行った時点で、その変数がカギカッコに入っているのはほぼ間違いないのである。

このあたりの「変数の常識」のようなものは、そのうちに別途エントリを上げてみたい。

追記

Twitterで@mushiman2さんからつぎのようなコメントをいただいた:

.@iwk さんのブログに年金現価記号のよみかたが載ってましたが、エーチョンチョン、エートントンもきいたことあります。有名なのは予定維持費の記号βかγや、未経過Pの記載ってのもよく話題にあがりますね。 *TkTw*

エーチョンチョンは私も聞いたことがある。エーテンテンと読む人もいそうな気がするのだが、会ったことがない。

なおコメントの後半にもあるとおり、読み方だけでなく記号そのものにローカルルールがあるのだが、それこそまた別エントリで。

2010年3月 2日 (火)

すべての議論の礎に:未来思考-10年先を読む「統計力」

著者の神永正博氏の本を読むのは、「学力低下は錯覚である」「不透明な時代を見抜く「統計思考力」」に続き、これで3冊目である。

今回の「未来思考」を含め、いずれの著書においても一貫しているのは、「データに立脚する」ということだ。どこのどういうデータに基づいたものか、どの本や論文の考えに依るものか、がきちんと明示してある。

本書は未来に関わる三つのテーマについて論じている。

  1. 少子化と結婚
  2. 都市と高齢化
  3. 仕事と経済

いずれも、驚くような結論は出てこない。平凡といえば平凡である。しかし、その平凡な未来像を、どれだけ確信をもって認識しているか自信がない人、その未来を前にして何ができるのかを考えたい人には、絶対にお薦めしたい。

 

プロローグで、著者はこう書いている。

本書は、議論のベースキャンプであることを目指して書かれています。日本の置かれている現状とその未来について、できるだけ確実な線をまとめました。奇抜で面白いけれど制度の低い予測の代わりに、地味でもできるだけ確度の高い予測を積み上げています。私は、心地よい嘘を聞かされるより、つらくても事実を知ることを選びます。事実を認めなければ、確かな一歩を踏み出すことはできないからです。

そう、ここには、非常に確度の高い未来が、しかも嘘のない形で、書かれている。 「すでに起こった未来」が、とても分かりやすく書かれている。

著者の「嘘のなさ」は2点ある。一つは、前段にも書いた、基礎となる資料やデータをきちんと明示しているところ。もう一つは、各分野の専門家の査読を受けているところである。たかだか(というと失礼だが)1,680円のソフトカバーの書籍で査読を依頼するところに著者の誠実さがあり、この本の信頼性がある。

議論のベースキャンプはできた。加えて著者は最後に、議論の心得まで示してくれている。

本書を書きながら思ったことは、「みんなが問題と言っていることは、本当に問題なのだろうか?」ということです。
(中略)
問題を考えるときの最大の罠は、問題にすべきでないことを問題にしてしまうこと、そして、問題にすべきことを問題にしないことにあるのです。

本書の内容ももちろんお薦めなのだが、何よりも議論に対する著者の態度をお薦めしたい。

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