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2010年3月 6日 (土)

「新版 生命保険入門」-生保関係者必読の書

やっとこの本の書評をちゃんと書ける。twitterだけで十分と思っていた私がブログを作ったのも、この書評を書くためと言っていい。

生命保険についてきちんと勉強しようと思ったとき、適当な入門書は意外に少ない。書店に行っても、生命保険関係の本といえば、どこぞのFPが書いた「保険はいますぐ解約しなさい!」みたいな本か、「保険論」とかいった箱入りハードカバーの本しか見つからない(しかも発行年がかなり古かったりする)。

簡単に入手できて包括的な生命保険の入門書、というと、この本をおいて他にはないと言っていいだろう。

著者の出口治明氏は日本生命の出身で、現在、ライフネット生命保険の社長である。日本生命時代にはMOF担、つまり大蔵省との折衝担当をしていた。金融機関で監督官庁との折衝に失敗することは時として会社の死活問題になるので、たいていは優秀な者がその任につく。そして、昔(少なくとも90年代前半ぐらいまで)は、日本生命は業界を牽引するリーダーだった(古い言い方だが「級長」的役割とでも言おうか)。そこでのMOF担はまさしく業界全体を見渡す役だったのである。

そのように既存生保の良い点・悪い点を知り尽くした出口氏が、その知識を惜しみなく注ぎ込んだ書である。生命保険会社に勤める者、生命保険会社に内定した者にとって必読の書といえる。

なお、生命保険会社の特に総合職は、入社してすぐに「生命保険講座」なる試験を受けると思う。このテキストも、生命保険に関わる幅広い知識を得るという意味では良書である。ただ、業界以外の人間が入手するのは難しいし、昔受けた人間が再度最新版を入手するのも難しい。何より「教科書」なのでつまらない。その意味で、生命保険講座を受験済みの方にも本書はお薦めできる。

実は私自身は、この本は入門書として読むには難しいのではないかと思っていた。しかし保険の知識のまったくない後輩にこの本を貸したら、他にいくつか示した関係書には目もくれずに読みふけっているのを見て、お薦めの書であることを確信した。

なお、生保に勤めている人は、出口氏がライフネット生命という生命保険会社の社長であることから、「単なる自社の宣伝本ではないか」と思われるかもしれない。しかしそうではないことは、上述の私の後輩の反応から分かる。そして、本書の中での(既存)生命保険会社に対する批判がライフネット生命に当てはまらないとしたら、それは出口氏が既存生保の欠点を乗り越えた生保としてライフネットを作ったからなのだ。

もう一度書く。生保に勤める人は、この本を読むべきである。そして、自分の会社に当てはまる批判があるなら、反論すべきである。反論できないなら、改善すべきである。

こんなにヨイショすると、私は出口氏(かライフネット生命)のまわし者のように思われそうだが、出口氏を尊敬するものの、別に出口マンセーなどとは全然思っていない。もちろんこの「新版 生命保険入門」に関しても、異論や不正確な点を指摘したい。

本書は生命保険の歴史から語り起こす。その中の、高度成長期の生保行政のくだり(p16):

…俗に純保行政と呼ばれた大蔵省の行政指導に代表される。これはチルメル式を脱して、純保式責任準備金の積立完了を目指すものであった。しかし、後の時代から見れば問題がなかったわけではない。内部留保の充実がイコール責任準備金を手厚く積み増すことと理解されていたため、自己資本の充実という観点が抜け落ちていたのである。当時は、生命保険会社のほとんどが相互会社であったため、「相互会社には自己資本なる概念がそもそも存在しない」という奇妙な法律論が支配的で、自己資本(充実)行政は、92年の保険審議会答申を得るまで実現されることがなかったのである(剰余の90%以上は契約者配当に充当すべきと法定されていた。もっとも、株式含み益が潤沢にあり、またいわゆる護送船団行政の下で、1社も潰れないのであれば、自己資本の多寡はそもそも問題とはならなかったのかもしれない)。

これはあまりに後出しジャンケンな論である。本文記載のとおり、相互会社には契約者配当の下限規制があったため、自己資本を積み増しようがなかったのである。当時の保険業法自体も、自己資本増強が容易にできるようにはなっていなかった。そのような中で、責任準備金という負債を厚めに積むということは、ソルベンシー確保の優れた解決策だったと私は考えている。

実際、相互会社も一定水準の自己資本を持った方が契約者利益に資するという「エンティティ・キャピタル・モデル」が提唱されたのは、私の知る限り1990年代に入ってからのことである。

ただこの点について、出口氏は80年代から自己資本増強すべきということを当時の大蔵省に言っていたそうだ。運用部門・国際部門が長かった出口氏は、他の業態や諸外国を見る機会も多かっただろうから、私のような「保険村」にどっぷり漬かったアクチュアリーとはそもそも発想が違うのかもしれない。

さて、その相互会社と株式会社はどのように違うか。本書では86ページから87ページにかけて説明されている。

相互会社(形態)は、生命保険の相互扶助の精神に理念的にはより近いものがあり、資金調達や持株会社の活用等の面で(株式会社にくらべて)やや難があるものの、損益がすべて社員に帰属するため社員配当金の保険契約者への還元(株主配当を行う必要がない)という面で優れている、と一般には説明されている。しかし、この説明は、相互会社が株式会社と常に同レベルの基礎利益をあげられるという暗黙の前提に立っている。また、近年では、わが国でも無配当保険の販売が拡大しており、(逆ざや負担が重くて)配当を行わない相互会社も出現する等、そもそも社員配当金の有利性という論点自体が無意味となりつつある。

この記述に引っかかった。私の知る限り、政策判断として完全に配当を行わない、とした相互会社は存在しないし、そもそも不可能だ(上記の純保行政のところで記載のあった90%の配当の下限規制は、現在は20%に軽減されたものの、規定として存在する)。配当を停止した会社は、保険業法55条に抵触したのではないかと思われる。私自身は、現在相互会社と株式会社の販売する保険にほとんど相違が見られないことから、相互会社と株式会社の利益水準は大きく違わず、したがって相互会社の利点は成り立ちうると考えている。

ただ、次の指摘は非常に新鮮だった(p88)。

相互会社の資料を見ると、契約者=社員は「お客さま」と表記されているケースが大半であり、現実の経営サイドの意識・感覚としても、相互会社理念(=契約者が社員でオーナー)が希薄であることを窺わせる。

多くの生命保険会社の組織図は「お客さま」を一番上に記載している。お客さまが最も上位に位置づけられる、という考えを表したものだ。これを初めて見たときはとても感心した。しかし相互会社において「お客さま」扱いすることがガバナンスの意識としてどうか、と言われると、ごもっともである。

さて、ずーっと飛んで、191ページ。生命保険会社と生命保険の選び方についてのコメントの中で、生命保険会社の健全性について言及している。保険会社の健全性指標といえば、ソルベンシー・マージン比率だ。

2008年10月に破綻した大和生命は直前の決算でソルベンシー・マージン比率を555.4%と公表していた。このことから、ソルベンシー・マージン比率は信用できないという意見がない訳ではない。しかし、大和生命は直前の決算以降の四半期報告では、ソルベンシー・マージン比率を開示しなかった(数字が急落して開示できなかった)という事実を忘れるべきではない。

この部分については、二つの意味で同意しない。

一つは、少なくとも当時は、ソルベンシー・マージン比率の四半期開示は一般的ではなかった。大和生命の破綻前の四半期というと2008年6月末だが、その時点ではほぼ半数の会社がソルベンシー・マージン比率を開示していなかった。日本生命ですら開示していなかったのである(現在は、ほとんどの会社が四半期でも開示している)。

もう一つは、数字が急落して開示できなかった、という部分。これはおそらく事実ではない。大和生命の財政状態にトドメを刺したのは、2008年9月のリーマン・ショックである。従って6月末の時点では破綻が予想されるほど悪い数字ではなかったのではないかと思われる。

キリがないのでこれくらいにしておくが(あと一つ書きたいことがあるが、長くなりそうなので別エントリで)、このように批判すべき点があってなお、私はこの本を絶対に薦める。むしろ、出口氏は批判を待っているのではないか、とすら思っている。

ボールは投げられた。投げ返すのは、生保に勤めるあなた方の役割だ。


(追記)

大和生命の件について、そもそも2008年度の第1四半期報告自体がなされていなかった、との指摘をいただいた。今となっては確かめるのは困難だが、2008年6月末時点でもすでに危機的状況に陥っていた可能性はある。

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コメント

生保関係者ではありませんが、非常に興味深く書評を拝見させていただきました。不払い問題は、損保業界も含めて重い課題ですね。ちょっとずれますが、企業年金業界も、住所が見つからず給付不能になっている方の増大しており、「給付を受けられるかどうか加入者(受給者)が認知していない」部分は似ている問題だな、とも思いました。早速本書を注文いたしました!

なお、アクチュアリー受験研究会の「MAHが見つけたアクチュアリーのブログ」にも登録させていただきました。(問題がある場合は削除いたしますので、ご連絡ください。)

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

とても魅力的な記事でした。
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