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2010年4月

2010年4月25日 (日)

「生命保険の原価」論

2日ほど前に、@totodaisuke氏の以下のようなtweetを見た。

「生命保険の原価」について。目的は技術的な正確さを追求することでなく、7割の正しさでいいので、業界外の方に関心と問題意識を持ってもらえるよう伝えること。このレポートはいいんですが、最後まで読んでもらえない+何を言いたいのかが残らない http://bit.ly/bV1iVz

このtweetの元になっている資料(http://www.acalax.info/bbs/genka.pdf)はアクチュアリーの坂本嘉輝氏によるものだ。

一読して理解できた方はおられるだろうか。実は私は一度読んだだけでは分からなかった。ので、ここでもう一度読んでみることにする。

資料の見出し部分だけを抜粋すると、次のようになっている。

  1. 純保険料=生命保険の原価?
  2. 原価とは
  3. 生命保険の原価
  4. 純保険料
  5. 付加保険料
  6. 予定事業費
  7. 保険料の決め方
  8. 純保険料のいろいろ
  9. 損害保険と生命保険
  10. 生命保険の原価
  11. 予定事業費の保険料比例と保険金比例
  12. 最初の生命保険の保険料

「生命保険の原価」という見出しが2回(3と10)出てくるのだが、気にしないことにしよう。

見出しに対応して内容を要約してみる。

  1. 「純保険料=生命保険の原価」というのは誤解である。
  2. 原価を求めるのはメーカーであっても簡単ではない。
  3. 生命保険の原価は加入者への諸給付の合計+責任準備金の積増し。
  4. 純保険料とは営業保険料の基礎率のうち予定事業費率をゼロとしたもの。よって営業保険料という売値の一部。
  5. 付加保険料は営業保険料と純保険料との差額であり、純保険料を超える割増し分。「純保険料=生命保険の原価」というのは売値と仕入値を混同しているところが間違い。
  6. 予定事業費と付加保険料は同じとは限らない。
  7. 営業保険料=純保険料+予定事業費、とは限らない。ただし営業保険料=純保険料+付加保険料、は必ず成り立つ。
  8. 純保険料も計算基礎率によって違う。
  9. 損害保険は「純率」と「付加率」という表現を使う。
  10. 加入者が負担するのは結局営業保険料なので、生命保険の原価について議論してもあまり意味がない。
  11. 予定事業費の設定にあたってはいろいろ考慮すべきことがあり、単純な議論はできない。
  12. 最初の生命保険の保険料は付加保険料がなかったが利益は出ていた。

途中で予定事業費と付加保険料の関係とか、損保での表現の仕方とか、余計なものがいろいろと挟まっているのが分かる。これでは確かに「最後まで読んでもらえない+何を言いたいのかが残らない」だろう。

実は1から5まで読んだら後は最後の12に言うべきことが全部入っていて、「純保険料にはマージンが入っているので、純保険料は生命保険の原価とは言えない」ということだけで済んでしまう。逆に、なんで回りくどい言い方をするのか、理解に苦しむ。

それよりも資料の冒頭に書いているように、「そもそもなんで生命保険だけ原価を気にするの?」という方向で議論を進めるほうが「最後まで読んでもらう」ためには得策のように思える。

で、冒頭のtweetに続けての@totodaisuke氏のtweetが以下

というわけで、これからも「(いわば)生命保険の原価(のようなもの)」という表現は、僕個人としては今後も使っていきますよ。わかりやすいもん。微妙に正確でない部分は、他社のアクチュアリーの人がプンプンする以外は、誰も損しないもん。

「原価」という表現が分かりやすいとは思わないし「他社のアクチュアリーの人がプンプンする」には少々カチンと来たのだが、そこはアクチュアリーの情報発信の弱さだと自戒することにしておこう。

2010年4月22日 (木)

更新:生命保険関係法規集

保険関係法規集<http://www.nn.em-net.ne.jp/~s-iwk/> を更新しました。

前エントリ掲載の、ソルベンシー・マージン基準の改定の追加です。

2010年4月18日 (日)

ソルベンシー・マージン基準改正

4月9日に金融庁がソルベンシー・マージン基準の改正を発表した。4月20日の官報に掲載される予定とのことだ。

保険業法施行規則の一部を改正する内閣府令案等に対するパブリックコメントの結果等について

昨年の12月28日にパブリックコメントに付されていた改正案の結果ということであり、多少文言の整理などはあるものの、ほぼ原案どおりであった。(実はこの「原案どおり」が個人的には意外に思っている。何か修正されるかなと思っていたのだが。)

振り返ればこのソルベンシー・マージン基準の改正には、結構な時間がかかっている。時系列に並べると次のとおりだ。

もともと2004年12月に発表した「金融改革プログラム」の工程表では2005年12月が目処になっていたので、そこから3年以上も遅れたことになるのだが、金融危機で話が根こそぎひっくり返った割には早かったと言うべきだろう。

さてこのソルベンシー・マージンの改正結果に関して、意外なところでブログエントリを見つけた。

ブログオーナーの厭債害債氏の書かれている内容は一言でいうと「逃げ道はいくらでもある」ということなのだが、まあこれはソルベンシー・マージンのようにリスク係数を固定する「フォーミュラ・ベース」の規制には必ず付きまとう宿命のようなものなので、今さらという感がある。その意味ではブログタイトルの「改正ソルベンシーマージン比率の持つ意味」がちょっとふさわしくないなと感じられる。もともと「ソルベンシーマージン比率の持つ意味」自体がそんなものなのだ。

いずれにせよ、現行の規制に比べればソルベンシー・マージン比率の意図的な引き上げ行為の余地は間違いなく減っているので、その点は改善していると言ってよい。

金融庁は改定骨子(案)公表時から言っていた「2009年内に改正法令案公表、年度内に告示」というスケジュールをほぼ守ったことになる。次は、保険会計を全部巻き込む大課題の「経済価値ベースのソルベンシー評価」だ。欧州のソルベンシーIIの導入は2012年10月。日本は果たしていつになるか。

あと、しょうもないこととして、日本経済研究センター理事長の深尾光洋氏お得意の「修正ソルベンシー・マージン比率」が今後どうなるのか、ちょっと気になっている。

2010年4月11日 (日)

数学を勉強したい?何のために?

twitterを見ていると、「数学やっとけばよかった」とか「数学は大事」とtweetしている人は多い。

では、数学ができるとはどういうことだろうか。というか、数学ができるようになることに何を期待しているのだろうか。おおむね次のような要素を期待しているように見える。

  • 論理的思考
  • 計数感覚
  • 計算の速さ

これらは数学を勉強することで身につくだろうか?ちょっと考えてみたい。

論理的思考を身につけたい!

うーん、それはね、数学をやったからといって身につくとは限らないんだよ。じっさい、数学者が書いた本でも、全然論理的じゃないものもあるしね(*)。それに、数学的な論理をつきつめるのは危険でもある。不完全性定理を証明したクルト・ゲーデルも精神に失調を来したし。実用的な論理を身につけるなら、MBAのテキストか何かのほうがいいんじゃない?

計数感覚を身につけたい!

残念だけど、数学を勉強してもそれは身に付かないな。数学で具体的な数字の話をすることは少ないから。身につけたい分野の数字をたくさん眺めることのほうが先決だと思うよ。

計算が素早くできるようになりたい!

「そろばん」やるほうが早いと思います。難しい計算なら、電卓使う方法もあります。

…ということで、自分にはどうしても「役に立てる」ために数学を勉強する人にはガッカリする結果しか待っていないように思えてしまうのである。

まあ、必要な知識といえば、累乗、つまり複利の知識をはじめとする金利知識ぐらいだろうか。

(*) フォローしておくと、この人はこの本(をはじめとする数学に無関係な本)が残念なだけで、数学関係のエッセイとか評伝は素晴らしいと思う。「心は孤独な数学者」とか、本当にいい本。

2010年4月 4日 (日)

生命保険と自殺

自殺対策支援センター ライフリンクというNPO法人のサイトに、「自殺実態白書」というものがある。日本の自殺について網羅的分析を行った力作である。

この中で、生命保険契約と自殺の関係についての記述がある。

Chen, Choi, and Sawada (2008b) の研究によると、OECD諸国の国際比較データに基づけば、生命保険契約の自殺免責期間と一人当たり保険料との間には、負の相関関係があると見られ、さらに自殺率と一人当たり生命保険料との間には、広いレンジで正の相関関係がある。これらの結果は、生命保険の免責期間が短いほど一人当たりの生命保険契約額が増え、自殺の増加につながっている可能性を示している。この分析結果は、保険契約が自殺リスクの高い被保険者を増やし(逆選抜の問題)、保険契約後の自殺リスクを高める(モラルハザード)ことを示唆するものである。事実、1999年以降、多くの生命保険会社が自殺による保険金支払いの免責期間を延長しいるという点とも整合的な結果となっている。

誤解を招きそうなので、自殺による生命保険金の支払いについてちょっと記しておきたい。

つい先日施行された保険法では、次のように定められている。

第51条(保険者の免責)
死亡保険契約の保険者は、次に掲げる場合には、保険給付を行う責任を負わない。ただし、第3号に掲げる場合には、被保険者を故意に死亡させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については、この限りでない。
一  被保険者が自殺をしたとき。
二  保険契約者が被保険者を故意に死亡させたとき(前号に掲げる場合を除く。)。
三  保険金受取人が被保険者を故意に死亡させたとき(前2号に掲げる場合を除く。)。
四  戦争その他の変乱によって被保険者が死亡したとき。

つまり、自殺では保険金は支払われないことになっている。

ただ、この法律の規定は「原則」を示したもので、この条文に沿わない保険を作ることもできる、と解されている。(このような規定を「任意規定」という)

実際、多くの生命保険では、加入から一定の期間が経つと自殺でも保険金が支払われる規定になっている。この「一定の期間」を免責期間という。免責期間は会社や商品によって違うが、現在、多くの会社は3年となっている。

実はこの3年という期間は、比較的最近の契約のものである。昔(おおむね1999年ごろまで)は1年だった。

免責期間が1年だと、保険金目当てで自殺するために加入する人が出てくる。そのようなケースが急増したのが、1999年だった。不良債権問題がピークを迎え、この年の前後でいくつかの銀行や生保が破綻している。このような中、中小企業経営者が自殺し、保険金を経営資金に充てようとするケースが見られた。

このような保険金目的の自殺について、公序良俗に反し無効(つまり保険金が支払われない)という判決が、いくつかの裁判で出てきた。加入後1年と1週間といった自殺もあり、個人的にはそのような考え方もありうるとは思っているのだが、判例や学説は定まっていないようだ。山下友信「保険法」には次のようにある。

…有力な学説は、免責期間経過後の自殺でも、保険金の取得を主たる目的とする自殺については、公益の観点から、約款では明記されていないにもかかわらず免責とすべきものとしていたのであり、近時、この学説が再評価され、訴訟でも援用されて、下級審裁判例ではそれを認めるものが現れていた。このような自殺免責条項の解釈は、免責期間経過により保険金取得目的によるものではなくなるという判断は擬制なのではなく推定にとどまるものと理解するものであり、保険者において主として保険金取得目的の自殺であることを立証すれば約款の規定の適用がなくなり、商法の法定免責事由の適用があることになって保険者の免責が認められるとするものである。

しかし、このような解釈には疑問がある。約款の文言は自殺の主観的意図の如何を問題にせず形式的に免責期間の経過後は有責としているのであり、そのような明瞭な文言にかからわず免責を認めるには、保険金取得目的の自殺の免責は公益に基づくものであるとするのでなければならないが、免責期間経過後の自殺であれば上述の従来の一般的理解のように被保険者の主観的意図がいかなるものであっても保険給付をすることが公益に反すると一般的に考えられてきたとは到底考えられないし、現在でもそのようにするべきではないと考える。

保険というものは偶然の事象を扱うものだ。保険金目当てで加入して、その意図通りに保険金が支払われるようなものは、すでに保険ではない。そこで、自殺の免責期間を1年から2年に延長する会社が現れた。「1年後の自殺を計画して加入する人間はいても、2年後までは計画しないだろう」と考えたのだろう。

1社がこのような延長をすると、自殺志願者が(延長していない)他の会社に流れることになるため、各社が追随して免責期間を延長した。その後さらに延長され、現在は多くの会社で免責期間は3年になっている。

保険法では自殺が期間にかかわらず免責になっているのに、わざわざ一定期間経過後の自殺について生命保険会社が保険金を支払うのは、遺族の生活保障を考慮してのことである。したがって自殺であっても保険金はなるべく支払うようにするのがスジだが、上記のとおり、「保険金を計画的に受け取れるようにする」ことは保険の性質そのものに対する重大な挑戦であるため、この点に関して生命保険会社はきわめて敏感である。3年という年数は、両者のバランスによってできている。

冒頭の自殺実態白書の引用の中にあるChen, Choi, and Sawadaの論文"Suicide and Life Insurance"は、1980年から2002年までのOECD各国のデータに基づいている。つまり日本では1999年以前の20年分が自殺免責1年のデータに基づいており、最近の自殺免責期間の延長はまったく反映されていない。したがってこのデータを元に「生命保険が自殺を誘発している」と批判するのは、(1999年当時は当てはまったかもしれないが)現在では当たらないように思われる。

あまりそのような批判が高まると、生命保険会社は免責期間をより長く設定し(今度は全期間免責かもしれない)、自死遺族は精神的のみならず経済的にも困窮が強まることになる。そのような事態は、生命保険に携わる者にとっても望むところではないだろう。

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