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2010年4月 4日 (日)

生命保険と自殺

自殺対策支援センター ライフリンクというNPO法人のサイトに、「自殺実態白書」というものがある。日本の自殺について網羅的分析を行った力作である。

この中で、生命保険契約と自殺の関係についての記述がある。

Chen, Choi, and Sawada (2008b) の研究によると、OECD諸国の国際比較データに基づけば、生命保険契約の自殺免責期間と一人当たり保険料との間には、負の相関関係があると見られ、さらに自殺率と一人当たり生命保険料との間には、広いレンジで正の相関関係がある。これらの結果は、生命保険の免責期間が短いほど一人当たりの生命保険契約額が増え、自殺の増加につながっている可能性を示している。この分析結果は、保険契約が自殺リスクの高い被保険者を増やし(逆選抜の問題)、保険契約後の自殺リスクを高める(モラルハザード)ことを示唆するものである。事実、1999年以降、多くの生命保険会社が自殺による保険金支払いの免責期間を延長しいるという点とも整合的な結果となっている。

誤解を招きそうなので、自殺による生命保険金の支払いについてちょっと記しておきたい。

つい先日施行された保険法では、次のように定められている。

第51条(保険者の免責)
死亡保険契約の保険者は、次に掲げる場合には、保険給付を行う責任を負わない。ただし、第3号に掲げる場合には、被保険者を故意に死亡させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については、この限りでない。
一  被保険者が自殺をしたとき。
二  保険契約者が被保険者を故意に死亡させたとき(前号に掲げる場合を除く。)。
三  保険金受取人が被保険者を故意に死亡させたとき(前2号に掲げる場合を除く。)。
四  戦争その他の変乱によって被保険者が死亡したとき。

つまり、自殺では保険金は支払われないことになっている。

ただ、この法律の規定は「原則」を示したもので、この条文に沿わない保険を作ることもできる、と解されている。(このような規定を「任意規定」という)

実際、多くの生命保険では、加入から一定の期間が経つと自殺でも保険金が支払われる規定になっている。この「一定の期間」を免責期間という。免責期間は会社や商品によって違うが、現在、多くの会社は3年となっている。

実はこの3年という期間は、比較的最近の契約のものである。昔(おおむね1999年ごろまで)は1年だった。

免責期間が1年だと、保険金目当てで自殺するために加入する人が出てくる。そのようなケースが急増したのが、1999年だった。不良債権問題がピークを迎え、この年の前後でいくつかの銀行や生保が破綻している。このような中、中小企業経営者が自殺し、保険金を経営資金に充てようとするケースが見られた。

このような保険金目的の自殺について、公序良俗に反し無効(つまり保険金が支払われない)という判決が、いくつかの裁判で出てきた。加入後1年と1週間といった自殺もあり、個人的にはそのような考え方もありうるとは思っているのだが、判例や学説は定まっていないようだ。山下友信「保険法」には次のようにある。

…有力な学説は、免責期間経過後の自殺でも、保険金の取得を主たる目的とする自殺については、公益の観点から、約款では明記されていないにもかかわらず免責とすべきものとしていたのであり、近時、この学説が再評価され、訴訟でも援用されて、下級審裁判例ではそれを認めるものが現れていた。このような自殺免責条項の解釈は、免責期間経過により保険金取得目的によるものではなくなるという判断は擬制なのではなく推定にとどまるものと理解するものであり、保険者において主として保険金取得目的の自殺であることを立証すれば約款の規定の適用がなくなり、商法の法定免責事由の適用があることになって保険者の免責が認められるとするものである。

しかし、このような解釈には疑問がある。約款の文言は自殺の主観的意図の如何を問題にせず形式的に免責期間の経過後は有責としているのであり、そのような明瞭な文言にかからわず免責を認めるには、保険金取得目的の自殺の免責は公益に基づくものであるとするのでなければならないが、免責期間経過後の自殺であれば上述の従来の一般的理解のように被保険者の主観的意図がいかなるものであっても保険給付をすることが公益に反すると一般的に考えられてきたとは到底考えられないし、現在でもそのようにするべきではないと考える。

保険というものは偶然の事象を扱うものだ。保険金目当てで加入して、その意図通りに保険金が支払われるようなものは、すでに保険ではない。そこで、自殺の免責期間を1年から2年に延長する会社が現れた。「1年後の自殺を計画して加入する人間はいても、2年後までは計画しないだろう」と考えたのだろう。

1社がこのような延長をすると、自殺志願者が(延長していない)他の会社に流れることになるため、各社が追随して免責期間を延長した。その後さらに延長され、現在は多くの会社で免責期間は3年になっている。

保険法では自殺が期間にかかわらず免責になっているのに、わざわざ一定期間経過後の自殺について生命保険会社が保険金を支払うのは、遺族の生活保障を考慮してのことである。したがって自殺であっても保険金はなるべく支払うようにするのがスジだが、上記のとおり、「保険金を計画的に受け取れるようにする」ことは保険の性質そのものに対する重大な挑戦であるため、この点に関して生命保険会社はきわめて敏感である。3年という年数は、両者のバランスによってできている。

冒頭の自殺実態白書の引用の中にあるChen, Choi, and Sawadaの論文"Suicide and Life Insurance"は、1980年から2002年までのOECD各国のデータに基づいている。つまり日本では1999年以前の20年分が自殺免責1年のデータに基づいており、最近の自殺免責期間の延長はまったく反映されていない。したがってこのデータを元に「生命保険が自殺を誘発している」と批判するのは、(1999年当時は当てはまったかもしれないが)現在では当たらないように思われる。

あまりそのような批判が高まると、生命保険会社は免責期間をより長く設定し(今度は全期間免責かもしれない)、自死遺族は精神的のみならず経済的にも困窮が強まることになる。そのような事態は、生命保険に携わる者にとっても望むところではないだろう。

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