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2010年7月 3日 (土)

「リクルート事件・江副浩正の真実」

李下に冠を正さず、という。

その点においては、江副氏は冠をいじるどころか、李下でピョンピョン跳ねていたようなものだったのかもしれない。本書の中で当人も政治献金をやりすぎだったと反省している。

結論として、江副氏は有罪になった。贈収賄において請託の有無の判断は難しいと思うし、この本はあくまでも江副氏の(一方的な)意見に過ぎない。なので、「江副氏が本当に李下で何をしていたか」は、この本の主題ではない。本書の「あとがきのあとがき」には、こうある。

日本の司法制度は、諸外国でも稀な密室での取調べによる検事作成の調書に重きを置き、調書の中の有罪になる部分のみが開示される。その結果、有罪率は九九・八%前後に達する。裁判員制度を導入してもこうした状況が変わらなければ公正な裁判にはならない、との思いが私には強い。現行の司法制度を改めてもらいたいという気持ちを私は抱いている。

そう。本書にも詳細に書かれているが、外部からの情報を断たれた(というより検事が一方的に提供する情報しか得られない)中で、自分の言うことを聞いてくれる人間が誰もいない。こうなると、話を聞いてくれる誰かに救いを求めたくなる。調書は内容を争わずにサインして、裁判で真実を聞いてもらおう、と思うようになる。これはNHKの「爆笑問題のニッポンの教養」で、法心理学者の高木教授(青山学院大学)が言っておられたのと同じだ。

リクルート事件と呼ばれるものが最初に報道されたのは1988年。22年前の話である。単なる昔の事件であれば、さほど興味は湧かなかっただろう。ただ、元厚生労働省局長の村木厚子氏の郵便不正事件における検察(特捜ではないが)のストーリー作りの無理矢理さが取り沙汰される今、この本は大いに意味のあるものになっていると思う。

郵便不正事件によって少なくとも20年以上はこの状況がまったく変わっていないことが明らかになったわけだが、とても残念なことに、取調べの可視化に後ろ向きな腰抜け法務大臣を見るたびに、この国の司法制度のお世話になってはいけないと思わざるを得ないのだ。

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