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2010年10月 3日 (日)

「災害保険金の話」の話

たまたま見つけた記事。昔のものだが、ちょっとひどい。

地震時には受け取れない?! 「災害」保険金の話

「災害特約」とか「傷害特約」といった商品は約款上、保険金が受け取れないことがある、という話。

このこと自体は事実で、おそらくどの保険会社も、次のようなことが約款に書いてある。(日本生命の新傷害特約(H11)の例)

第2条(災害死亡保険金、障害給付金の削減支払)
前条の規定にかかわらず、被保険者がつぎのいずれかにより死亡しまたは身体障害の状態(別表12)に該当した場合で、その原因により死亡しまたは身体障害の状態に該当した被保険者の数の増加がこの特約の計算の基礎に影響を及ぼすときは、会社は、災害死亡保険金もしくは障害給付金を削減して支払うかまたはこれらの保険金もしくは給付金を支払わないことがあります。
(1)地震、噴火または津波によるとき
(2)戦争その他の変乱によるとき

先の記事の人は「地震、噴火または津波によるとき」と「保険金もしくは給付金を支払わないことがあります」だけを読んだのだろうが、大事な部分を読み飛ばしている。

この特約の計算の基礎に影響を及ぼすとき

と書いてあるのだ。

この「計算の基礎」というのは、保険を設計するときにあらかじめ見込んである災害死亡の発生率のこと、将来起こると見込まれる発生率の話だ。つまり、「今回の地震によって、将来の発生率の判断を変えないといけない」という状況に陥る場合のことを言っている。

では、どれほどの影響があるのか。記事にもある阪神・淡路大震災を考えてみる。

Wikipediaによれば、阪神・淡路大震災の死者数は6,434名。この年(1995年)の総死者数は92.2万人なので、震災の死者数は全体の0.7%にすぎない。到底、保険会社の屋台骨を揺るがすような水準にはなりえない。

災害死亡なので、総死者数だけでなく、不慮の事故による死者数でも考えてみよう。1995年の不慮の事故による死者数は45,323人なので、震災による死者数は14%を占めている(正確には、上記の震災死者数は1996年以降のものも含むとみられる)。だからといって災害死亡の発生率を1割~2割引き上げなければならないかというと、それは阪神・淡路大震災クラスの地震被害が毎年出るという想定になってしまい、ありえない。仮に30年に1回とすると、影響とは14%の1/30なので約0.5%。やはり「計算の基礎に影響を及ぼす」ような水準には見えない。

このように数値を踏まえて考えると、元記事にあった

この事実が大きく取り上げられてこなかった理由には、阪神淡路大震災や中越地震などにおいて、国民感情への配慮等から、保険会社側が特別対応として保険金を支払う決定をしてきたことが背景にあります。

太字部分が嘘であることが分かる。もともと削減支払をするための条件が成り立ちそうにないのだ。

未来永劫削減支払がないとは言いきれないし、ちゃんと給付条件を理解して加入しましょう、という筆者の主張は分かるのだが、挙げている例がいかにもお粗末すぎる。

“地震”時に保険金が受け取れないものとしては、生命保険の「傷害特約」、「災害入院特約」、損害保険の「傷害保険(天災危険担保特約が付いていない場合)」などがあります。

などと支払条件を曲解して不安をあおるのは、FPとしていかがなものだろうか。

(追記)

actuary_mathさんが損保系生保では約款の書きぶりが違うことを教えてくださった。

「『災害保険金の話』の話」の話

上に書いたとおり生保にとって地震の影響は(少なくとも直接的な保険金支払という意味では)会社を左右するほどではないのだが、損保の場合は大災害が起これば簡単に赤字転落してしまう程度に影響が大きい。

そういったDNAがあってか、損保系生保の場合は「地震の場合は原則として払わない、ただし計算基礎への影響が小さければ払う」という書きぶりになっているとのこと。

なるほど、この書き方では、元記事のFP氏の言うことも分からなくはない。ただやっぱり「特別対応として支払う決定をした」という部分に関しては依然として嘘ではあるのだが。

(追記の追記)

actuary_mathさんが続報を書かれている。

続:「『災害保険金の話』の話」の話

損保のDNAというのは少々書き過ぎだったようだ。地震免責の書きぶりが会社によって異なることは他の方からも指摘をいただき、さらに同じ会社でも契約時期によって書き方が変わっている可能性があるとのこと。

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