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2010年10月31日 (日)

資本規制のバージョンアップ

保険会社には、何かが起こった時のために、一定の水準以上の自己資本を持っていなければならないという規制(資本規制)がある。この資本規制は、時代によって、あるいは国によってさまざまに異なっているが、おおむね同じ方向に向かっている。簡単に整理してみよう。

資本規制 αバージョン:固定金額

一番プリミティブな資本規制は、「とにかく○○円持っとけ」というものだろう。保険業法では第6条で、10億円以上の資本金または基金を持つことを求められている。銀行にも同様の規制がある。昔は、一般の株式会社にも最低資本金規制があった。

この規制は分かりやすいのだが、この規制ではダメなことも分かりやすい。例えば日本生命の総資産は48.6兆円ある(2010年3月末)ので、日本生命にとっての10億円は総資産の0.002%だ。こんな程度の金額を持っていても、何かが起こったときに役に立ちそうもないのは、火を見るより明らかだろう。

資本規制 バージョン1.0:会社の規模に応じた(簡単な)算式

そこで次に出てくるのが、規模に応じて金額を変えましょう、というもの。現在のEU諸国に適用されているソルベンシー規制(ソルベンシーI)は「危険保険金×0.4%+責任準備金×3%」と、この形になっている。(実際は、EUソルベンシーIは、すぐ後で述べる「バージョン2.0」のちょっと手前のバージョンのようなイメージが正しいかもしれない)

この方式(もちろんそれ以前の「資本規制αバージョン」もそうだか)の欠点は、保険会社の保有するリスクが複雑化してくるにつれ、実態との乖離が生じてくる点だ。

資本規制 バージョン2.0:リスクに応じた(ちょっと複雑な)算式

そこで「リスクをもっと精緻に計算しよう」という話になってくる。リスクを「保険リスク」「資産運用リスク」などいくつかのカテゴリーに分け、それぞれのリスクを簡単な算式(たいていはリスク対象金額×リスク係数)で計量し、さらに計量された各リスク量を、場合によっては相関なども考慮しつつ会社全体のリスクとして統合するという方法がこのバージョンに該当する。

今の日本のソルベンシー・マージン基準はまさにこの形だ。死亡保険の保険リスクであれば「保有危険保険金額×0.6/1,000」、資産の価格変動リスクであれば、国債は「貸借対照表金額×1%」、株式は「貸借対照表金額×10%」などとなっている(2012年から施行される新基準では、それぞれ2%・20%)。

日本のソルベンシー・マージン基準は、元々は米国のRBC(Risk Based Capital)をお手本にしている。日本では1996年度に導入されてから過去幾度となくマイナーバージョンアップを重ねているが、基本形は変わらない。

この計算方法のメリットは、リスクとの対応関係が明示的なため、環境が変わったときにどのリスク係数を見直せばいいかが分かりやすいことだ。もっとも、ちゃんとリスクを計量しているわけではなく、一定の単純化が入っているので、その単純化自体が不適切な状況になった場合は、算式そのものから大きく変わってしまうことになる。

また、さまざまな種類の資産や保険を類型化して算式にするため、会社の運用・経営実態に必ずしも会っているとは限らない。実際に取っているリスクに比べて計算されるリスク量が小さいという、「サヤ取り」の可能性もある。その結果、すき間を埋めるように規制が追加され、…というイタチごっこが生じたりする。

資本規制 バージョン3.0:会社自身によるリスク計量

そこで、発想を転換する。

リスクをとってリターンを稼ぐのは会社自身だ。よって、会社が自分のリスクを一番分かっているはず。そのような考え方に立てば、「会社自身が計量したリスクに見合った資本を準備させればよい」ということになる。

これがいわゆる「内部モデル」による考え方だ。この考え方のキモは、監督当局が「お前の会社のリスクはこうだ」と示すのではなく、会社自身が計算した結果を当局が「信じる」ことにある。

逆に言えば、当局にとって「信じられる」会社でない限り、このバージョンは導入できない。「信じられる」かどうかの要件は、

  • ちゃんと計算する技術と能力があること
  • 計算に致命的な間違いやごまかしが生じないこと

の二つだ。後者はSOX法でおなじみの「内部統制」と言ってもよい。

このバージョン3.0は、銀行の自己資本比率規制では導入されている。EUの保険会社に導入が検討されているソルベンシーIIも内部モデルが導入される。資本規制の流れを見る限り、現在のところ内部モデルが一番望ましいと思われているようだ。

ただこのバージョン、いかんせん必要スペックが高すぎる。なのですべての会社に導入するわけにはいかず、内部モデルによる自己資本管理は「使える会社は使ってくださいね」として、標準的な会社向けにバージョン2を(マイナーバージョンアップしつつ)並行して使う、というのが今の資本規制の流れになっている。

さて、次のメジャーバージョンアップはどんなものになるのだろうか。

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コメント

随分経ってしまって恐縮ですが、
この「モチベーション3.0」っぽい?書かれ方、とても分かりやすく、興味も引かれて良いと思いました!

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