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2011年7月

2011年7月23日 (土)

東日本大震災の保険金・共済金支払い見込み額

7月19日に、金融庁から「東日本大震災に係る保険金・共済金の支払い見込み額、支払い実績等について」というのが公表されている。

それによると東日本大震災の保険金・共済金支払い見込み額は約2兆7,000億円で、内訳は以下のとおりとのこと。

  • 生命保険:2,000億円
  • 損害保険(家計向け地震保険):9,700億円
  • 損害保険(地震保険以外):6,000億円
  • 主な共済組合:9,000億円

ここでは金額ではなく、それぞれの数字が発表された時期に注目してみる。

  • 生命保険:4/15公表
  • 損害保険(家計向け地震保険):損保業界試算
  • 損害保険(地震保険以外):5/19決算発表(損保大手5社)
  • 主な共済組合:4月~5月公表

妙に時期がバラバラである。共済組合は金融庁の管轄下ではないのでいたしかたないものの、他がバラバラなのは不思議だ。地震保険に至っては時期すら分からない(ただし、5月11日の時点ではこの試算数値が衆議院財務金融委員会で報告されている)。

野田国務大臣 まず、今回の震災に伴う地震保険金支払いについて、五月六日時点でございますけれども、約四千七百八十一億円となっております。

 その甚大な被害状況からすれば、支払い総額は相当規模に達するものと見込まれます。これにより、民間の負担力のよりどころとなる準備金の水準も相当程度低下すると見込まれるため、第一次補正予算において、官民保険責任額の改定を行ったところでございますが、その積算においては、航空写真等も活用した損害シミュレーションに基づき、保険金支払い総額を約九千七百億円と見積もっているところでございます。

さて、時期に関して特に解せないのが、生命保険の4月15日というタイミングだ。数字自体は生命保険協会が毎月の定例記者会見で発表したもののようだが(当時の報道)、この日付では当然、3月末決算値は判明していない。しかし決算では支払い見込み額を負債(支払備金)として計上するので、より精緻に計算されるはずだ。実際、金融庁はわざわざ支払い見込み額を負債計上できるように特例告示まで作っている。それなのになぜ、より精緻な値であろう決算値を使わなかったのか。

思うに、金融庁は保険会社各社に遠慮したのではないだろうか。

金融庁は東日本大震災発生後、保険会社への検査を取りやめた。

金融庁、震災で検査中止 被災地の地銀など[47NEWS]

保険会社が被災地での保険金支払いに注力できるよう、じゃまをしないようにした、ということなのだろう。

同じように、保険会社からさまざまな数値を出させて負担をかけることはできない、と考えて、決算ベースの保険金支払い見込み額の徴求をしなかったのではないかと思う。

損害保険会社のほうは、そもそも大手5社の集計なので、5つ数字を持ってくるだけでよい。また各社とも、決算発表の中で「東日本大震災に伴う保険金支払い状況(家計部門の地震保険を除く)」というのを公表している(発表のフォーマットがそうなっている)。つまり金融庁のほうで手作業を少しすればよい。

一方で生命保険会社の決算発表のフォーマットには、「東日本大震災による保険金支払い見込み額」というものがない。このため別途ヒアリングをしなければならず(あるいはフォーマットの異なる資料からいちいちデータを拾ってくる必要があるため)、決算ベースでの数値にするのをあきらめたのではないか。

発表時期を見て勝手に想像しているだけではあるが、当局がこのような遠慮がちな姿勢になるなんてほとんど見たことがないので、なかなか興味深い。

P.S.

実際には決算発表時にマスコミが質問しているので、決算ベースでの集計はできている(サンケイビズのこの表が一番まとまっている)。ただ金融庁としてはデータソースが「報道による」とは書けなかったのだろうなあ…

2011年7月11日 (月)

解約返戻金は給付か

生命保険の解約返戻金が給付かそうでないか、というのは、アクチュアリーの間では長らく議論となっている。アクチュアリージャーナル第76号に、昨年の年次大会でのパネルディスカッション「解約返戻金」の模様が収録されているが、その中でこのような意見がある。

法律家の頭の中には、やはり個人の持ち分といいますか、個々の契約単位の価額というものが存在していて、そこから何か引いたものを返しているのであろうということがあるのと思います。

一方でアクチュアリーの中では、特に世代が若ければ若いほど「解約返戻金は給付」という意見が多いように思う。

歴史的には、生命保険の解約返戻金は「責任準備金-解約控除」という算式でずっと計算されていた。これは責任準備金を過去法的に「個人の持ち分」と解釈すれば、まさに上記の法律家の発想に沿うものだ。

これに対し、低解約返戻金や無解約返戻金といった多様な解約返戻金水準(保険事故発生時の給付が同じであるにも関わらず!)が存在する現状を見れば、解約返戻金も契約者とどのような水準を約定するかによって決まるもの、つまり「給付」の一種である、という発想が自然であると考えるのも納得できる。

ただ、私自身の意見としては、やはり「給付ではない」と思う。

給付かそうでないかを考える端緒として、「算出方法書に記載されるかどうか」を考えてみたい。

算出方法書というのは、保険料や責任準備金など、保険に関する数理的な諸事項をどのように計算するかを記載した書類である。保険業法施行規則第10条にその記載内容が列挙されており、第3号に

返戻金の額その他の被保険者のために積み立てるべき額を基礎として計算した金額(以下「契約者価額」という。)の計算の方法及びその基礎に関する事項

というのがある。このため、解約返戻金の水準は算出方法書に記載される。

一方で、例えば「保険金に関する事項」といったものは、算出方法書の記載事項を定めた項目の中には存在しない。保険金の額は契約者との間で決めるもので、数理的に自然に決まるものではないからだ。(ときどき、保険料を先に決めて、それに対応する保険金の額が決まるような商品があるが、それは例外的。)

つまり算出方法書は「保険金の額を決めたときに、保険料・責任準備金・解約返戻金その他をどのように決めるか」を定めていることになる。契約者と解約返戻金を約定することは考えていないのだ。

この論は、算出方法書という法令上の書類を基礎にしているので、「給付ではない」という法律家の発想に沿ったものになるのはある意味当然かもしれない。

しかし、他の金融商品との比較で言っても、解約したときに受け取る金額が契約すべき事項に含まれている、という考え方はどうにも違和感を覚えるのだ。「その時点での金融商品の価格-諸手数料」というのが自然ではないだろうか。

給付でないとすれば、ある程度自然に決まるべき「水準」がある。あるいは、保険会社の勝手に定めることができないような「規律」が必要となる。米国にはまさにそういった解約返戻金に関する規律として、標準不没収価格法という法律がある。保険法で解約返戻金の水準に関する規律を導入する試みは、まさに日本版不没収価格を規定するものだったのだろう。しかし、結果としては次のとおりとなった。

保険商品の多様化に伴い、解約返戻金の算出方法も多種あり、一律の契約ルールを定めることが困難であるという技術的な観点から、規律化を断念した。
(有斐閣「保険法解説」p713)

さてこのような多様性は、無法地帯の証なのだろうか、自由な世界の証なのだろうか。

2011年7月 2日 (土)

保険のリスク管理

保険の(特に生命保険会社の)リスク管理は銀行に比べて遅れている、というのが一般的な認識だと思う。最近のアクチュアリージャーナルに載っていた、昨年のアクチュアリー会年次大会での森本氏(キャピタス・コンサルティング代表取締役)の講演においても、こんなくだりがある。

ワークショップが終わったあと、日銀のかたから、「いやあ、面白いセッションでした、ありがとうございました。でも、皆さんの感想を聞いていると、9割ぐらいのかたが、『保険業界のやつが銀行にものを言うとは何事』という反応でしたけど」という冗談を言われて、冗談だとは思うのですが、そこで出てくる言葉は、先ほど言った、どちらがリスク管理のそのリーダーかということもあるのかもしれません。

この発言は保険業界の人間として当然うれしいものではないが、まあそういう発言が出るのも当然だろうなとは思う。

なぜなら、生命保険会社の多くはこれまでろくなALMができていなかったからだ。

ALMは"Asset Liability Management"の略だ。つまり資産と負債を(特にそれらの経済価値を)ちゃんと把握することが第一歩となる。ところが、生命保険会社の負債は、

  • 件数が多すぎて、現実的な時間内で計算処理が終わらない
  • 商品に付加されたオプションが多様すぎる

といった理由などで、きちんとした把握ができてこなかった。

さらに、会計上や規制上の管理も経済価値ベースのリスク管理を促す方向ではなかったという点も理由として挙げられる。

日本の現在の会計上の責任準備金は、契約時点に計算基礎が固定される「ロック・イン」方式である。これはいわば簿価評価のようなもので、保険計理人による確認を通じた「減損」のような仕組みはあるものの、経済価値をタイムリーに把握するものではなかった。

規制においては「実質資産負債差額」とか「実質純資産」と言われる規制がある。これは(会計上の分類にかかわらず)資産を時価評価したときに債務超過になっていたら当局が業務停止を命ずる、というものだ。通常、金利が上がると債券の価格は低下するが、負債の経済価値も減少する。ところがこの規制は上記の会計上の評価をベースとしているので、負債は簿価評価のままである。したがって、金利が上昇すれば経済価値ベースでは(将来の逆ざやが減るので)好ましい状態になるにもかかわらず、当局から業務停止命令を受ける可能性が高くなる、という、あるべきALMに逆行した規制である(もちろん即業務停止ではなく、さまざまな状況を考慮する規定ぶりにはなっているものの、規定自体は今も存在する)。

保険業界においてもERM (Enterprise Risk Management, 「全社的リスク管理」などと訳される)や統合的リスク管理といった概念は以前からあったが、資産と負債の統合管理もできてないのに…と、見る人が見れば思っただろう。

物理の世界では「大統一理論」というのがある。素粒子間に働く相互作用のうち、電気力・磁気力・強い力・弱い力を統一して説明づける理論のことだ。ERMがこの大統一理論のようなものだとすると、生命保険会社のリスク管理は電気と磁気の統合もおぼつかない状態だった、というところか。

しかし最近はだいぶ状況が変わってきた。コンピュータの処理能力の向上によって、とりあえずモンテカルロで確率論的計算をすることも現実的になってきたし、市場整合的なEV(エンベディッド・バリュー)や保険契約の国際会計基準の議論の中で「保険の経済価値をどうやって測るか」ということがかなり明確になり、実務に落とし込めるようになった。規制の面でも、欧州のソルベンシーIIが経済価値ベースの負債評価を中心としたリスク評価になっており、これは保険会社のリスク管理の世界的な潮流になっている。日本でも経済価値ベースのソルベンシー基準策定に向けて、日本アクチュアリー会で検討体制が構築されている

さて、これに対して銀行業界ではどうか。「金融リスクマネジメントバイブル」(東京リスクマネージャー懇談会編)には「銀行業界のALMは保険業界ほど明確な方向性がみえていないのが現状である」とあり、特に流動性預金の経済価値把握についての動きが遅れている旨の記述がみられる。

このとおりだとすると、冒頭に書いたような銀行業界と保険業界の格差に対して、ようやく保険業界から銀行業界に何らかのアドバイスができるような状況になったのかもしれない。

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