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2011年7月 2日 (土)

保険のリスク管理

保険の(特に生命保険会社の)リスク管理は銀行に比べて遅れている、というのが一般的な認識だと思う。最近のアクチュアリージャーナルに載っていた、昨年のアクチュアリー会年次大会での森本氏(キャピタス・コンサルティング代表取締役)の講演においても、こんなくだりがある。

ワークショップが終わったあと、日銀のかたから、「いやあ、面白いセッションでした、ありがとうございました。でも、皆さんの感想を聞いていると、9割ぐらいのかたが、『保険業界のやつが銀行にものを言うとは何事』という反応でしたけど」という冗談を言われて、冗談だとは思うのですが、そこで出てくる言葉は、先ほど言った、どちらがリスク管理のそのリーダーかということもあるのかもしれません。

この発言は保険業界の人間として当然うれしいものではないが、まあそういう発言が出るのも当然だろうなとは思う。

なぜなら、生命保険会社の多くはこれまでろくなALMができていなかったからだ。

ALMは"Asset Liability Management"の略だ。つまり資産と負債を(特にそれらの経済価値を)ちゃんと把握することが第一歩となる。ところが、生命保険会社の負債は、

  • 件数が多すぎて、現実的な時間内で計算処理が終わらない
  • 商品に付加されたオプションが多様すぎる

といった理由などで、きちんとした把握ができてこなかった。

さらに、会計上や規制上の管理も経済価値ベースのリスク管理を促す方向ではなかったという点も理由として挙げられる。

日本の現在の会計上の責任準備金は、契約時点に計算基礎が固定される「ロック・イン」方式である。これはいわば簿価評価のようなもので、保険計理人による確認を通じた「減損」のような仕組みはあるものの、経済価値をタイムリーに把握するものではなかった。

規制においては「実質資産負債差額」とか「実質純資産」と言われる規制がある。これは(会計上の分類にかかわらず)資産を時価評価したときに債務超過になっていたら当局が業務停止を命ずる、というものだ。通常、金利が上がると債券の価格は低下するが、負債の経済価値も減少する。ところがこの規制は上記の会計上の評価をベースとしているので、負債は簿価評価のままである。したがって、金利が上昇すれば経済価値ベースでは(将来の逆ざやが減るので)好ましい状態になるにもかかわらず、当局から業務停止命令を受ける可能性が高くなる、という、あるべきALMに逆行した規制である(もちろん即業務停止ではなく、さまざまな状況を考慮する規定ぶりにはなっているものの、規定自体は今も存在する)。

保険業界においてもERM (Enterprise Risk Management, 「全社的リスク管理」などと訳される)や統合的リスク管理といった概念は以前からあったが、資産と負債の統合管理もできてないのに…と、見る人が見れば思っただろう。

物理の世界では「大統一理論」というのがある。素粒子間に働く相互作用のうち、電気力・磁気力・強い力・弱い力を統一して説明づける理論のことだ。ERMがこの大統一理論のようなものだとすると、生命保険会社のリスク管理は電気と磁気の統合もおぼつかない状態だった、というところか。

しかし最近はだいぶ状況が変わってきた。コンピュータの処理能力の向上によって、とりあえずモンテカルロで確率論的計算をすることも現実的になってきたし、市場整合的なEV(エンベディッド・バリュー)や保険契約の国際会計基準の議論の中で「保険の経済価値をどうやって測るか」ということがかなり明確になり、実務に落とし込めるようになった。規制の面でも、欧州のソルベンシーIIが経済価値ベースの負債評価を中心としたリスク評価になっており、これは保険会社のリスク管理の世界的な潮流になっている。日本でも経済価値ベースのソルベンシー基準策定に向けて、日本アクチュアリー会で検討体制が構築されている

さて、これに対して銀行業界ではどうか。「金融リスクマネジメントバイブル」(東京リスクマネージャー懇談会編)には「銀行業界のALMは保険業界ほど明確な方向性がみえていないのが現状である」とあり、特に流動性預金の経済価値把握についての動きが遅れている旨の記述がみられる。

このとおりだとすると、冒頭に書いたような銀行業界と保険業界の格差に対して、ようやく保険業界から銀行業界に何らかのアドバイスができるような状況になったのかもしれない。

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コメント

前回エントリではコメントを取り上げていただき、ありがとうございました。
今回も良エントリですね!

銀行ではバーゼルⅡ対応で統合(的)リスク管理のプロセス整備は相当進んだ感があり(メガバンクではオペレーティングリスクの計量化もされています)、そちら側から見ればこれからソルベンシーⅡを迎える保険業界は遅れて見える面があるかもしれませんね。

しかしご指摘の通り保険会社のリスク管理も独自の知見が蓄積されつつあるようですし、個人的には、銀行保険その他が相互に参照しつつ金融リスク管理が発展していけば良いなぁと思ったりしております(もとより資産負債の特性等は異なりますが)。

余談ながら、外資系生保の中には日本基準の責任準備金対応債券を海外に報告する際、便宜的に "ALM bonds" 等と呼称しているところもあるようです。

☓ オペレーティングリスク
◯ オペレーショナルリスク
失礼しました…(恥

daitakedaさん
ありがとうございます。
住宅ローンの繰上返済やコア預金など、市場整合性だけで解けない部分は銀行分野でも多くあると思いますので、そういったところで相互に知見を共有できるといいですね。

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