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2013年3月10日 (日)

書評:医療幻想

こんなのがtwitterのRTで回ってきたんですよ。

大竹先生もご推薦とあらば、読まないわけにいかないじゃないですか。医師であり作家でもある、久坂部羊氏の本です。

副題に「『思い込み』が患者を殺す」とあるので、初めは医者や製薬会社に対する批判の本かと思いました。しかし、「それは幻想だ」という批判の矛先は、医療業界、製薬業界、厚生労働省、医師会のみならず、サプリメントなどの健康産業、一面的なバラ色の情報を広めるマスコミ、そして患者自身とその家族にまで向きます。

驚いたのは、健康診断に関して有効性検証がほとんど行われていないということ。本書の97ページには次のような記述があります。

日本では、健康診断や健康管理が身体に悪いというようなことを考える人は、まずいないだろう。しかし、フィンランドでほんとうのところを確かめるため、大規模調査が行われた。(中略)その結果、15年後には、健康管理をしたグループのほうが、死亡者数、心疾患、がん、自殺のすべてにおいて、何もしなかったグループを上まわったのである(死亡者は健康管理グループが67人、何もしないグループは46人)。

私はこのデータを知っていたわけではありませんが、「ヘタに悪いところが見つかったら気分が悪くなるから人間ドックは受けない」と言って周囲に笑われるほうだったので、このデータはさもありなんという感じでした。

このように書くと「やっぱり病院が金儲けのためにムダな検診を受けさせてるのか!けしからん!」という話になりがちですが、それは患者の側の意識にも問題があるのです。先ほど人間ドックを受けないといって笑われるという話を書きましたが、笑われるといえば、こんな話も載っています(198ページ)。

ある講演会の質疑応答で、80代の女性にこんな質問を受けた。

「わたしは死ぬ前に人工呼吸器をつけられたり、点滴や管を入れられたりしたくないんです。そんなつらい延命治療を受けずにすむ方法があるでしょうか」

私は自信をもって答えた。

「いい方法がありますよ。病院に行かなければいいんです」

すると、会場から笑いが起こった。私は大まじめで答えたつもりだが、聴衆は冗談だと思ったようだ。それほど一般の人は病院に行くことを当たり前のように思っているのかと、改めて幻想の強さに愕然とした。

病院は治療をするところなので、余計な治療を受けたくなければ、病院に行かなければいいんです。しかし人々は少し具合が悪くなっただけで病院に行き、診断を受け、無意味な投薬や点滴を(しかも望んで)受ける。無駄な投薬をしないのが良心的な医師のはずなのに、それを「ダメ医者」と決めつける患者も「幻想」にとらわれている、と著者は言います。

こうして、大したことのない病気の診療のために医師は時間をとられ、多忙になります。さらに「ゼロリスク」を求める風潮が、この事態に輪をかけます。

現在、研修医が当直のアルバイトを行うことは禁止されています。未熟な研修医が当直をしていたために手遅れとなったケースが報道されたことが背景にあります。こうして、ベテランの医師が当直をするようになり、ベテランは昼も夜も激務という状態になります。

しかし、と筆者は言います。研修医は自分の技術の未熟さをわかっているので、重症の患者であればベテランを呼んで対応してもらいます。重症の患者は毎晩発生するわけではないので、そのためにベテランに毎日当直させるのはあまりに無駄が多い、と。

世の中、勧善懲悪の好きな人は多いですが、実際にはたった一つの敵を倒せば問題がすべて解決、などということはありません。現在の医療問題に関する「処方箋」を求める人は決して満足できない本だと思いますが、筆者の意見に賛成するにせよ、反対するにせよ、医療についてさまざまに考える切り口を与えてくれる本だと思います。

現代ビジネスに、久坂部氏自身の、この本の「実践編」のような記事があります。

  • 元医師の父が選んだ「自然死」延命治療は必要ない---医師の親子が考える「理想の死に方」 (現代ビジネス)【前編】 【後編】

久坂部氏の御父様も元医師で、延命治療を拒み続けました。その顛末が載った記事です。これを読んで、興味を持たれたら「医療幻想」を読む、というのもいいかと思います。

最後に、作家としての久坂部羊氏の作品を紹介しておきましょう。私が読んだのは次の2冊です。

先に言っておきますが、どちらも「爽快な読後感」はないです。医師が書かれただけあって、痛みの表現がとにかくリアルです。ジャンル的にはミステリーと含まれるかもしれませんが、個人的にはややホラーに属する部分がある気がします。

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